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ウィーン発ボウ

VOL.22 さよならアデーレ

2006年7月更新

先月、オーストリアの画家クリムトの作品「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像1」が史上最高額の1億3500万ドル(156億円)で売却されました。買い取ったのは米国の化粧品会社エスティローダーの経営者ロナルド・ローダーさん。駐オーストリア米国大使も務めたことのある人です。今後はニューヨークのギャラリーに飾られるということです。この件はもちろんウィーンでも話題になりました。今回はこの絵画の運命を辿ります。


アデーレ・ブロッホバウアーの肖像1

取り外された肖像画

2006年2月6日、オーストリアのウィーンで最も有名な絵画のひとつ、グスタフ・クリムト(1862-1918年)の「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像」が、市内のベルヴェデーレ宮にある美術館の壁から取り外された。それに先駆けて美術館には、通常の10倍に当たる5000人の客が訪れ肖像画との別れを惜しんだ。この女性画を含むクリムトの5枚の絵は、その後専門家のチェックを経て梱包され、大西洋を渡り米カリフォルニア州に住むマリア・アルトマンさん(89)の元へ送られた。アルトマンさんは、第2次世界大戦中ナチ政権下のオーストリアで美術品などの財産を没収されたフェルディナント・ブロッホバウアー氏の姪にあたる。


アデーレ・ブロッホバウアーさん

アデーレの肖像と巨匠クリムトの誕生

肖像画のモデルはアデーレ・ブロッホバウアーさん(1881-1925年)。砂糖産業で財を成したユダヤ人フェルディナン ト・ブロッホバウアー氏の夫人。魅力的な女性で20世紀初めの ウィーンの社交界で、アルマ・マーラー(作曲家マーラー夫人) と並ぶ有名な存在だった。ブロッホバウアー夫妻は当時の資産家の常として芸術家たちと親交を結んだ。その中に無名の画家グス タフ・クリムトがいた。「クリムトの描く絵はグロテスクだ」など と酷評されている時期に、夫妻はその才能を見抜いて私財を投じ 支援した。その結果生まれたのが夫人アデーレの肖像画だ。 1907年、クリムト45歳、アデーレ26歳の時の作品だ。二人は互いに恋していたとも伝えられている。肖像画には当時の クリムトがイタリアで着想を得たという手法のひとつとして金箔や宝石が埋め込まれた。クリムトが名声を得るきっかけとなったこの手法は、ブロッホバウアー家の支援が無ければ生まれなかった。アデーレの肖像画が巨匠クリムトを誕生させたことになる。


アデーレの死、ナチの台頭、財産没収、追放

クリムトは1918年ハプスブルク家の崩壊と同時に世を去った。当時ヨーロッパで流行したスペイン風邪のためだったと言われている。7年後の1925年アデーレも44歳で病死する。そして夫のブロッホバウアー氏の手元にはアデーレの遺言とともに彼女の肖像画が残された。遺言には「自分の肖像画をオーストリアの美術館に寄付してほしい」と書かれていた。しかしアデーレの死から10年後、ナチの台頭でブロッホバウアー家に過酷な運命が訪れる。ユダヤ人ブロッホバウアー氏は全ての財産を没収された上国外追放となる。この時姪のマリアはアメリカに亡命する。その後ブロッホバウアー氏はスイスで病死するが「クリムトの絵画を含む没収された財産を姪と甥に譲る」という遺言を残した。


アデーレの姪、マリア・アルトマンの戦い

戦後アデーレの肖像画はオーストリアの所蔵となっていた。マリア・アルトマンさんは叔父の遺産相続人として1999年以来オーストリア政府に対し没収された肖像画の返還を求めてきた。しかしオーストリアはまともに取り合ってこなかった。アルトマンさんはついにオーストリア政府を相手取り作品の返還を求めて訴訟を起こす。裁判で政府は「アデーレが夫にオーストリアへの作品寄贈を託した」と主張。没収されたものか寄付されたものかが争点となった。そして2006年1月16日ウィーンの裁判所は政府の言い分を退けアルトマンさんの所有権を認める判断を下す。アデーレの肖像画はナチス・ドイツが没収したものだと認定されたのだ。こうしてアデーレは海を渡り、アメリカで親族アルトマンさんの元に返還された。


海を渡り漂流の旅に出たアデーレ

アデーレを取り戻したアルトマンさんは、叔母の希望に従ってオーストリア政府に絵画を購入してもらうつもりだったという。しかしオーストリアにはその資金が無かったと言われている。結局アデーレはアメリカで売られ、化粧品会社の経営者に買い取られた。今後はエスティローダーの販売戦略にも利用されながら、その妖艶な美貌をアメリカのみならず世界中に振りまくことになるだろう。果たしてそれが故ブロッホバウアー夫妻の遺志にかなっているのかどうか、今となっては知る由もない。芸術作品はすべて、いずれは作り手や関係者の手を離れ一人で漂流の旅に出るのだろう。それを止めることは誰にも出来ない。

さよならアデーレ。


20. July 2006 山本大輔  maildyamamoto@officeboe.co.jp

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